「コンピューターがネットと出会ったら」の要約と感想

角川インターネット講座シリーズの「コンピューターがネットと出会ったら」を読みました。

本書は現東洋大学情報連携学部長の坂村健氏が監修した本で、東京大学情報学環の越塚登氏と暦本純一氏、中尾彰宏氏を含め合計4人により執筆されています。

この4人は本書の執筆当時全員、東京大学学祭情報学環(更に言えば学際情報学府総合分析情報学コース)に属する先生です。坂村氏は定年のため東京大学を退職し、2017年から東洋大学で教授をしています。

本書は以下のような構成で成っています。

  • 第一部: IoTを支える技術
    • 序章: ネットワークに繋がるとはどういうことか(坂村健氏)
    • 第1章: IoT時代のノード(越塚登氏)
    • 第2章: IoT時代のユーザーエクスペリエンス(暦本純一氏)
    • 第3章: IoT時代のネットワーク(中尾彰宏氏)
  • 融合するコンピューターとネットワーク
    • 第4章: ネットにつながるモノ
    • 第5章: モノとモノがつながる世界

さて、次は要約です。

序章: ネットワークにつながるとはどういうことか?

坂村健

コンピューターの流通量の9割を占める組み込み機器がインターネットと出会ったことがIoTの始まりで、実際に工場や電力の世界で使われていてコスト削減などの成果を挙げている。しかしこれらのIoTは「閉じた」IoTである。

IoTの社会化を実現するためにはデータをオープン化する必要があり、このインターネット的な「オープン」がこれからのIoTの課題となる。

これを解決するためには、各種人工知能技術やSDNなどのネットワーク技術、セキュリティなど関連する多様な技術の発達が必要である。さらに、IoTの最終目標は人間の生活を支援するものだから、新しいHMIやUXも研究されるだろう。

感想

IoT概観の章です。IoTを社会的に使用するにあたっては個人情報の取り扱いに関する問題が大きい、オープン化したいのにめんどくさいよね。ってことを言いたいのだと思う。

私もセンサーデータを収集する機会があり、その時壁になったのが個人情報の問題だったことを考えると頷ける。

いや、実際そんなに個人情報を収集されてそんなに嫌なのだろうか?Googleなんかめちゃくちゃ個人情報集めてるけどなんかみんな気にしないよね。

第1章: IoT時代のノード

越塚登氏

組み込みシステムの複雑化により、これを制御するためのリアルタイムOSが必要になった。このリアルタイムOSの発展の中1984年に東京大学坂村健氏によりトロンプロジェクトが発足した。トロンプロジェクトとはリアルタイムOSであるTRONを開発するものであり、既存のリアルタイムOSTRONの一番大きな違いはTRONオープンアーキテクチャであることであった。

このTRONは、ネットワーク接続された機器が協調動作することで人間生活を支えるようなシステム、つまりユビキタス・コンピューティングの実現を目的として生まれた。

TRONの特徴は、決められた時間(デッドライン時間)内に素早く応答を返す性質である「リアルタイム性」を持っていることで、現在このリアルタイム性が要求される分野ではTRONが世界で最も多く利用されている。

実際にTRONは自動車や家電機器、コピー機などの事務機器、さらには人工衛星の「はやぶさ」にも利用されている。

感想

日本が誇る国産OSであるTRONの紹介をする章。TRONの素晴らしさって言うのはどんだけ利用例を挙げられても実際に組み込みの世界に飛び込まないと分かりにくいってところはある。

B向けは儲かるけど凄さが分かりにくい。

第2章: IoT時代のユーザーエクスペリエンス

暦本純一

コンピューターは開発当初、利用者との相互的なやりとりを想定していなかった。しかしコンピューターを知的増幅の道具として捉える考え方によりマウスなどのインターフェイスが生まれた。

さらにコンピューターはCUIからGUIへ進化した。GUIとはマウスを用いたグラフィック操作でコンピューターに操作支持を行うインタフェース方式である。GUIの特徴とは「直接操作」ができることで、現実世界のものを操作してその操作量が連続的にコンピューターに反映されるということである。

これらのインターフェイスの発達により直感的にコンピューターを操作できるようになった。そしてVR, ARという2つの新しいインターフェイスが生まれた。

VRは現実そのものではないのにも関わらず実質的に現実であるかのような世界を人工的に構築する技術一般を意味し、最も中心的な機能は視覚による3次元空間の提示であり両眼立体視の映像を提示するHMDが主に使用される。

ARは現実世界をコンピュータの情報で拡張、増強するもので、利用者の現実の視界にコンピューターからの情報がオーバレイされて見える。

感想

うまくまとまらなかった・・・

暦本研究室の取り組みで好きなのはパラリンピック出場選手の走幅跳の360度動画と、跳躍力を拡張するLunavityです。

理由は簡単で、私が高校大学で走幅跳をしていたからですw

一度Lunavityを体験してみたいものです。

www.nhk.or.jp

www.moguravr.com

www.itmedia.co.jp

暦本研究室のカッコいいロゴ、AIによる自動生成らしいですね。(下の記事の最初の画像)

lab.rekimoto.org

第3章: IoT時代のネットワーク

中尾彰宏氏

IoTの発展によりインターネットに接続するデバイス数が増え、新しいネットワークの仕組みが必要になってきた。

このためにネットワークを柔軟に変更可能とする技術が生まれた。この技術がSDNNFVである。

SDNはネットワークの制御をプログラム可能とするもので大規模なネットワークの場合管理コストを大幅に削減できる。

NFVは従来ハードウェアで構成されてきたネットワーク機器をソフトウェア化しサーバーの仮想マシン上で実装する手法であり機器をアップデートする費用などメンテナンス費用を削減できる。

これらの2つは現代の通信分野の最大の関心ごとであり、総務省が巨額の研究資金を出している。

更に、次のネットワークとしてCCNICNがある。

CCNはコンテンツの名前に基づいてルーティングを行うアーキテクチャで、ICNはCCNの派生として研究されているものでルーティングがアドレスをベースとしたものとなっている。

感想

SDNやNFVはなんとなく知っていたけど、CCNとICNは初耳だしあまりよくわからなかった。今度まとめよう。

第4章: ネットにつながるモノ

越塚登氏

この章ではIoTの通信規格や各種装置とビッグデータの活用の具体例をあげる。

日本では2002年から坂村健氏をプロジェクトリーダーとしてあらゆるモノや場所の識別を可能とするID体系であるucodeを中心としたアーキテクチャを提唱し、世界に先駆けてIoTの研究開発を推進してきた。

ドイツでは産官学が連携した国家プロジェクトとしてIndustrie4.0プロジェクトを開始した。これはIoTに似たサイバーフィジカル技術を製造業の工場に適用するものである。

アメリカのIoTの動きは極めて盛んで、様々な標準化団体が存在する。

IoTではデバイスによる状況認識が最も重要で、特に人やモノの場所を特定する位置特定測位技術は様々な場面で必要とされる。この測位技術には、GPS, 無線通信の電波を用いたもの, ビーコンによるもの, タグを用いたもの, RFIDを用いたものなどがあり、基本的に三角測量を用いる。

現在のTRONプロジェクトの取り組みとしてμT-Kernel2.0を推進している。

μT2はIoTノードやM2Mノードのためのコンパクトな組み込みリアルタイムOSであり通信基盤としてIPv6を標準とし、6LoWPANを使うことができる。

IoTデバイスより収集されたデータは何らかのサービスに応用される。ここで多いのがヘルスケア分野である。

ビッグデータをうまく取り扱うためにあるのがNoSQLデータベース技術で、スケーラブルで分散化可能なシステムに適している。

感想

越塚さんは本当に技術屋って感じ。

可視光通信というのをここで初めて知ったけど、すごい。目から鱗って感じの技術だ。2010年に発表された技術だから、結構古いな。

www.youtube.com

第5章: モノとモノがつながる世界

坂村健

IoTが社会的に機能するためには、機器・設備の制御APIのオープン化が重要である。

坂村氏のIoT分野の実証実験、実用化の例として食品トレーサビリティを挙げる。これは、モノの場所を追跡するトレーサビリティ関連で一番私たちに馴染みのある応用で、何か事故が起きた時に問題の所在がはっきり分かるようになる。

IoTとは、世界の組み込みシステム化のことであり、これは人間の入力や調整なしに世界全体が自動的に状況を判断し最適な制御を計算し様々な社会プロセスを実行することを意味する。

これを実現するために、従来はデータストリームの量が問題であった。しかしビッグデータ解析技術とクラウド処理プラットフォームの進歩により、現在はあまり問題ではなくなった。

そこで現在は組み込み機器の操作への反応性や危険な状態への対処の確実制などのリアルタイムの本筋の部分に注力することができるようになった。

このように機能を分散して協調動作するシステムには、オープン化が重要である。

実用システムでオープン化を目指すなら技術より制度面の整備が必要である。この制度面の整備とは、ガバナンスをはっきりすることであり、ガバナンスとは問題が出た時の責任の所在のことである。

さらに、ガバナンスに関して大きな問題となるのがプライバシーの問題である。

オープンなIoTを実現するならプライバシーをどう扱うかという制度の明確化が必要となる。なぜならサービスを利用するにあたって個人情報を渡さないというのは不可能だからである。

感想

坂村さんの文章はしっかり方向性が見えていてまとまっている。

ucodeとμT2のゴリ押しを感じるけど、やっぱり産業界隈以外じゃ知名度低いのかな。

要するに

要約が長いので簡単にまとめます。

これからIoTシステムが社会的に利用されるためにはAPIのオープン化が大事であり、このオープン化のためにはガバナンスやプライバシーに関する制度をしっかり定めることが重要となります。

そしてもちろんIoTの周辺技術である組み込み, ネットワーク, ユーザーインターフェイスの技術発展も必要になります。

実際「オープン化」というのはほとんど坂村さんの口癖のようなものですよね。

まとめ(感想)

この本はバズワード的によく耳にするIoTに関連する世界最先端の研究を行っている人たちがまとめたIoT概論の本です。

よくまとまっているのでこれからIoTに関して研究を始めるという人にはオススメできます。

そもそもIoTという言葉自体一つの技術を表しているのではなく、webやAI、ネットワークなど様々な関連技術を含めたぼんやりした一つのシステムの形態です。更にIoTシステムを実際に社会へ適用しようとした時には、技術だけではなく個人情報などの法律問題や人の行動学など情報・工学分野を飛び出た話になります。

この本の第一部には技術に関する話が載っていて、第二部には実際にIoTシステムを社会へ適用する話が載っています。

正直な話、第一部の技術的な話はWikipediaなどで調べれば分かります。しかし第二部は違います。先生たちの具体的な研究経験が書かれている第二部は非常に貴重で、ここまでうまくまとまっている書籍は他にありません。

第二部ではIoTの発展(オープン化)のためにガバナンスやプライバシーの問題が重要であるということが書かれています。

しかし日本にはなるべく個人情報を漏らしたくないという風潮があり、個人情報を収集するIoTシステムはなかなか浸透しにくいという意見が広まっています。(でもGoogleが情報を収集することはあまり気に留めませんよね)

世界で最もプライバシーを気にしているのに、世界で最もパスワードを変更しない日本人:成迫剛志の『ICT幸福論』:オルタナティブ・ブログ

これに比べて中国では個人情報の収集に関する同意率が非常に高いです。(70%以上と聞いたことがあります)

プライバシー保護への日本人の行動意識は15カ国中で最下位--EMC調査 - ZDNet Japan

このことを考えると制度的な問題で日本がIoTの分野で中国に勝つことはないのかもしれません。

しかし、この本を書いた先生達も属しているYRPユビキタス・ネットワーキング研究所が中心となって研究や制度の明文化が進むことで、日本がIoTシステムの活用で世界一になる日が来るかもしれません。